奥の細道 句碑巡り(その5)
平泉から、鳴子、尾花沢経由、立石寺へ。
写真左
18番:「蚤虱馬の尿する枕もと」 宮城県大崎市鳴子温泉、尿前(しとまえ)の関跡。すぐ近く(といっても県境を越え山形県最上町)に、芭蕉が宿泊したという封人(ほうじん)の家が復元されておりそこにも句碑がありました。
写真右
19番:「涼しさを我宿にしてねまる也」 山形県尾花沢市、養泉寺境内。”涼し塚”と呼ばれています。
写真左
21番:「まゆはきを俤にして紅粉の花」 天童市旧山寺街道沿い、上原地区。JR山寺駅から北西へ約3km。分かり難い。
ところで、20番「這出よかひやが下のひきの声」が抜けています。事前調査でも、地元での聞き込みでも、この付近には句碑は見つかりませんでした。茨城県常総市(旧水海道市)亀岡報国寺境内にあるのだそうですが、なぜ茨城に?。
写真右
22番:「閑さや岩にしみ入蝉の声」 立石寺秘宝館前。左右に芭蕉と曾良の像があります。この他に立石寺には、根元中堂横、奥の院へ登る階段途中の蝉塚、などにも「閑さや・・」の句碑があります。
23番:「さみだれをあつめてすゞしもがみ川」 山形県大石田町、西光寺境内。芭蕉はこの付近から舟に乗って最上川を下ったとされています。「さみだれを・・」の句碑は各地に有りますが、この付近では、奥の細道に記載されている「早し」ではなく、初案である「涼し」と記したものが多いようです。
| 固定リンク







コメント
20番「這出よかひやが下のひきの声」の句碑は茨城県の報国寺境内に確かにあります。地元の俳人グループが師匠を顕彰するために建てた句碑らしいのですが、(背面に書いてある文字が難しく私には読めません)なぜか師匠の句ではなく芭蕉の句が彫られています。この句碑 尾花沢へ運んでしまえばすっきりするのですが。(Ba-)
投稿: YMさん | 2008.08.17 22:15
00777さん、山寺の蝉はミンミンゼミのようですね。
投稿: YMさん | 2008.08.17 23:22
YMさん「這出でよ」の句碑、わざわざ確認に行っていただいたようで、有難うございました。ブログの写真拝見させて頂きました。
山寺の蝉は、ミンミンゼミのようですが、「閑さ」というよりは、「うるさい」という感じでした。芭蕉が山寺へ行ったのは新暦7月13日(旧暦5月27日)のようですので、蝉の数もまだ少なかったのかも知れません。
投稿: 00777 | 2008.08.20 01:43