文化・芸術
2008.11.08
2008.11.01
2008.10.18
2008.10.05
2008.09.28
コカリナ
知人のブログでコカリナという楽器が有ることを知り、入手してみました。オカリナの形を単純化して木で作ったような感じのもので音色も似ています。説明によると、「ハンガリーの民族楽器を元に改良開発。」「長野オリンピックの際、道路建設のために伐採された木を使って制作したのが始まり。」「木の優しい音色。」「木の種類によって音色が異なる。」だそうです。
写真は、左がクルミの木でできたソプラノコカリナ、右は秋田杉でできたバリトンコカリナで、いずれもC菅です。その他に、アルトコカリナ、バスコカリナ、G菅のもの、音域を広げるために2つ3つと横に連結したものなどがあり、木の種類も各種あるようです。
{音色は下記をクリックしてください。(下手な演奏ですみません)}
コカリナ(ソプラノC菅:クルミ) / おぼろ月夜
コカリナ(バリトンC菅:秋田杉) / 竹田の子守歌
2008.09.14
綾子舞(あやこまい)
柏崎市の中心街からかなり離れた山里に女谷(おなだに)と言う小さな部落があります。その付近の2つの集落に「綾子舞(あやこまい)」という民俗芸能が500年前から伝承されているのだそうです。国の重要無形民族文化財に指定されており、日本各地や海外でも公演を行っているのだそうですが、地元では年に1度だけ公開されるというので、見に行ってきました。なぜこんな山合いに伝統的な芸能が伝承されているのかについては諸説あるようですが、室町時代に越後の守護上杉房能(ふさよし)が滅んだ時に、その奥方綾子がこの地に潜居し伝えたと言う説が有力のようです。
舞っているのは主に小学生、中学生です。子供が舞うので「ややこ舞い」が訛ったという説も。
伝承されているのは、踊り11種、囃子舞22種、狂言33種もあり、とても1日で全部は披露できないので、今年はその内12種のみの公開です。(全部見ようとすると6年以上かかる?)
開始1時間以上前に行ったのですが、カメラマン席は満員!!
2008.08.16
奥の細道 句碑巡り(その6)
立石寺から、出羽三山、酒田、そして象潟へ。
奥の細道、芭蕉の句碑巡り、前編の最終日です。
写真左
24番:「有難や雪をかほらす南谷」 羽黒山中腹の南谷に句碑がある。山頂へは車で行けるのですが、中腹のため30分ほど徒歩で下山し、さらに人のあまり通らないぬかるんだ道を15分くらい進まなければなりません。蚊が多く、マムシに注意の看板も。
写真右
25~27番:「涼しさやほの三か月の羽黒山」 「雲の峰幾つ崩れて月の山」 「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」 羽黒山山頂。
26番の「雲の峰・・」の単独の句碑は月山山頂にあり、八合目から3時間ほど徒歩で登らなければならないので断念。羽黒山山頂の(月山、羽黒山、湯殿山)三神合祭殿前の”三山句碑”をもって3つの句碑を巡ったことにしました。この三山句碑には「雲の峰・・」「語られぬ・・」「雲の峰・・」の3つの句が並べて彫られています。
写真左
28番:「温海山や吹浦かけてゆう涼み」 山形県酒田市南新町、日和山公園。
写真右
29番:「暑き日を海に入れたりもがみ川」 酒田市、日和山公園
写真左
30番:「象潟の雨や西施しがねぶの花」 秋田県象潟町、蚶満寺(かんまんじ)境内裏庭。
蚶満寺山門前庭園にも同句の新しい句碑があります。なお、奥の細道では「象潟や雨に・・」となっており、句碑のほうが初案のようです。
写真右
31番:「越長や鶴はぎぬれて海涼し」 象潟駅前広場北側。
奥の細道の「汐越や鶴はぎぬれて海涼し」の初案。
この碑には、他に「象潟の雨や・・」の句と「ゆふ晴や桜に涼む波の華」の句が記されています。「ゆふ晴や・・」の句は奥の細道には採用されていません。
番外:庄内空港。ここで曾良ことMTさんと分かれ、私は酒田で一泊して車で新潟へ。
(8月10日横浜から8月16日新潟までの走行距離は1387kmでした。)
これで奥の細道前半の「深川」から「象潟」までの芭蕉の31句のうち、30句の句碑を巡ることが出来ました。1句(20番「這い出でよ・・」)のみ句を詠んだ地元に句碑が無く(見つけられず)残念でした。自分で石を彫って置いて来ようかな?
後編(酒田~越後~金沢~敦賀~大垣)は今のところ実施予定が有りません。
2008.08.14
奥の細道 句碑巡り(その5)
平泉から、鳴子、尾花沢経由、立石寺へ。
写真左
18番:「蚤虱馬の尿する枕もと」 宮城県大崎市鳴子温泉、尿前(しとまえ)の関跡。すぐ近く(といっても県境を越え山形県最上町)に、芭蕉が宿泊したという封人(ほうじん)の家が復元されておりそこにも句碑がありました。
写真右
19番:「涼しさを我宿にしてねまる也」 山形県尾花沢市、養泉寺境内。”涼し塚”と呼ばれています。
写真左
21番:「まゆはきを俤にして紅粉の花」 天童市旧山寺街道沿い、上原地区。JR山寺駅から北西へ約3km。分かり難い。
ところで、20番「這出よかひやが下のひきの声」が抜けています。事前調査でも、地元での聞き込みでも、この付近には句碑は見つかりませんでした。茨城県常総市(旧水海道市)亀岡報国寺境内にあるのだそうですが、なぜ茨城に?。
写真右
22番:「閑さや岩にしみ入蝉の声」 立石寺秘宝館前。左右に芭蕉と曾良の像があります。この他に立石寺には、根元中堂横、奥の院へ登る階段途中の蝉塚、などにも「閑さや・・」の句碑があります。
23番:「さみだれをあつめてすゞしもがみ川」 山形県大石田町、西光寺境内。芭蕉はこの付近から舟に乗って最上川を下ったとされています。「さみだれを・・」の句碑は各地に有りますが、この付近では、奥の細道に記載されている「早し」ではなく、初案である「涼し」と記したものが多いようです。
2008.08.13
2008.08.12
2008.08.11
奥の細道 句碑巡り(その2)
2日目。日光を発って黒羽、白河の関、福島経由、飯坂温泉へ。
写真左
05番:「夏山に足駄を拝むかどでかな」 栃木県大田原市、修験光明寺跡。
写真右
06番:「啄木も庵はやぶらず夏木立」 大田原市、雲巌寺境内。
写真左
07番:「野を横に馬牽むけよほとゝぎす」大田原市、常念寺境内。
写真右
08番:「田一枚植て立去る柳かな」 栃木県那須町芦野、”遊行柳”。向って左にある(右手で押さえている)のが句碑で、向って右が遊行柳です。」
写真左
09番:「風流の初やおくの田植うた」 福島県須賀川市、十念寺境内。
写真右
10番:「世の人の見付ぬ花や軒の栗」須賀川市本町、可伸庵跡。この碑の前に大きな栗の木があり、横に庵が復元されています。
11番:「早苗とる手もとや昔しのぶ摺」 福島市、文知摺観音入口。文知摺観音境内に句碑がありそれを撮りたかったのですが、着いたのが17時過ぎで門が閉まっていました。門前に芭蕉象があり、その下にも同じ句が刻まれていたのでこれで代用。
2008.08.10
奥の細道 句碑巡り(その1)
奥の細道に掲載されている松尾芭蕉の句碑を巡ります。奥の細道には、曾良の句など芭蕉以外の句も掲載されていますが今回は芭蕉の句碑のみ。
第1日、横浜を出発して深川へ行き、深川を起点に、千住経由、日光まで。撮影は曾良ことMTさんです。
写真左
00番:「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり」 が刻まれた碑。百代橋南詰。
写真右
01番:「草の戸も住み替る代ぞひなの家」 江東区芭蕉記念館(深川)。
写真左
02番:「行春や鳥啼魚の目は涙」 素さ盞雄(スサノオ)神社(南千住)。
写真右
03番:「あらたうと青葉若葉の日の光」 日光東照宮、宝物館の左手。
04番:「しばらくは滝にこもるや夏の初」 日光市立安良沢小学校、校舎脇。
2008.08.09
2008.08.08
新潟まつり 民謡流し
新潟まつりが始まりました、1日目の今日は「民謡流し」というのが有って、知人も踊るというので撮影してきました。踊りの曲は「新潟甚句」というものですが、良く聴いていると14拍子?のようです。民謡は単純な2拍子か4拍子かと思っていたのですが・・・、他の民謡もそんなに単純ではなさそうです。
阿波踊りの小太鼓は何拍子?、よしこのは?・・良く分かりません。
踊っている様子その1(wmv)
踊っている様子その2(wmv)
新潟甚句の唄と演奏(wmv)
万代橋からの花火(wmv)
2008.03.05
2008.02.23
2008.01.14
ガラスの東海道五十三次
新潟の大和というデパートで、「黒木国昭ガラスアート展」が開かれていました。
ガラスの壷に「光琳」風の風景や植物を描いた「琳派シリーズ」と、「広重」の「東海道五十三次」を表現した「広重シリーズ」。「五十三次」では、一つの作品に対して数百~千個のパーツをパート・ド・ベールで作り、最後の吹きの時に順番に貼り付けていくという気の遠くなるような作業で、1作品作るのに数ヶ月かかるそうです。写真では良く分かりませんが、人物の顔の表情まで分かる細かさがありながら、全体ではかなり迫力のある作品郡です。落款もガラスで出来ています。壷だけでなく、行灯や屏風、シャドーボックス・3Dアートのように奥行きのある作品など。東海道53の宿場と江戸、京、を合わせた55作品。
もちろん戸塚の宿もあり、日立横浜工場のすぐ横にある米屋と吉田大橋、馬を下りる旅人がガラスで描かれていました。
古い絵画や浮世絵は著作権が切れているので、構図を拝借しても問題ないのでしょうか。
2007.12.30
2007.11.17
2007.10.28
創立136年
何気なくテレビを見ていると、「国民文化祭とくしま開会式」を放送しています。その中で、懐かしい千松小学校の文字を見かけました。思い出したようにホームページで調べてみると、菅原道真が立ち寄って寺小屋を作ったとされる天神様の連歌堂を借りてスタート。創立136年のようです。新潟大学、徳島大学などの新制大学の殆どが創立58年ですから2倍以上の歴史というのはたいしたものです。さらにホームページを見ていると、校歌が載っていたのですが、私が通っていた頃の校歌とは違っていました。ちょっと寂しいような・・・。
http://tgn.tcn.ne.jp/~sensyo_es/kouka/kouka.htm
2007.09.27
2007.09.17
2007.09.15
2007.09.11
2007.08.10
中華街、屋根の雑像
知人のブログによると、韓国や中国の建物の屋根の上には「雑像」と呼ばれる特殊瓦が並べられるとのことで、中華街の善隣門などにも同様の雑像があるとのことでした。
そこで中華街へ行って見てきました。善隣門の他にも朝陽門、玄武門、延平門、西陽門、地久門、天長門、朱雀門などにも雑像があり、さらに会芳亭、天后宮、山下町駐車場、華都飯店の屋根にもあることが確認できました。
先頭が馬に乗った三蔵法師、その後に孫悟空などの一行が続いていると言うのが定説のようです。各門の近くの店の人数人に聞いてみましたが、全員知らないと言う返事でした。どれが孫悟空で、どれが猪八戒、沙悟浄なのか不明。
2007.05.23
2007.05.04
2007.04.29
ちまき、笹団子、柏餅
子供の日が近づいたので、近くのスーパーへ「ちまき」を買いに行きました。ところが、私のイメージしていた細長い円錐形の「ちまき」が見当たりません、代わりに、「正三角形で笹の葉に包まれた物」(写真左下)に「ちまき」の札が付いている。また、私の「ちまき」のイメージに近いもの(写真上)には「笹団子」の札が付いている。その他に、「柏餅」も売っていました。どれを買うか迷った挙句、3種類とも買ってしまいました。(食べ過ぎて太りそう・・)。
後でインターネットで調べてみると、新潟では「ちまき」と言えばこの「三角形のもの」のようです。中はもち米の粒の形が残った団子状のもので、新潟以外ではこれを新潟名物「三角ちまき」と呼ぶのだそうです。
さて皆さんの土地、故郷では、子供の日はどんな「団子or餅」を食べますか?
2007.03.28
2007.03.17
2007.03.10
べく杯、その2
写真の右端はべく杯の一種ですが、熊本、鹿児島、宮崎あたりでは「そらきゅう」と呼び焼酎を飲むときに使われます。「そら」と勧められたら「きゅう」っと飲み干さなければならない。「そらきゅう」は天狗などの形ではなく、単純な円錐形をしているものが主であり、円錐形かつ穴の開いたものもあります。
べく杯には普通の杯の形をしているものもあり、写真の右から2番目は側面に小さな穴、左から2番目は底に大きな穴が開いています。左端のものは底に突起があり、置くと倒れてしまう。
左端の杯と、左から2番目の杯は対になっていて、重ねるとちょうど穴に突起が入って収納時はちゃんと収まるようになっています。また、左から2番目の杯を伏せて置き、その上に左端の杯を置けば倒れずに置くことが出来まる。ちょっと凝った組み合わせです。
2007.03.09
べく杯
土佐(高知県)では有名な「べく杯」。漢字では可杯と書きます。
お座敷でのお遊びに使う杯のセット。メンバーが円形に座り、一人が右にあるサイコロ(コマ)を回す。止まったときにコマの先端がむいている人が、コマの上面に書いてある杯で1杯飲まなければなりません。「天狗」はかなり大きいので飲むのが大変。しかも鼻が尖っているため置くと倒れてしまい、飲み干すまで置くことが出来ません。「ひょっとこ」はやや小さいのですが、口の先端に穴が開いており、押さえていないと酒が漏れてしまうため、これも飲み干すまで置くことが出来ません。「おかめ」が一番小さくて、下戸にはちょうど良い。コマは4角のものや6角のものがありますが、この写真のものは4角で、「天狗」「ひょっとこ」「おかめ」のほかに「唄」と書かれた面があり、「唄」が出た場合は酒を飲むのではなく一曲唄わなければなりません。
「可杯」の語源は、漢語で文章の最後に「可」の字が来る事はなく、つまり、下には置けない杯と言う意味だそうです。





















































































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